気象技術の教室 1  天気系の解説と事例解析


天気系の解説

低気圧に伴う降水域

はじめに
気象衛星や気象レーダーではしばしば、長さ方向に比較して、幅の狭い線状の雲列あるいは降水域が観測される。寒気の吹き出し時に冬の日本海に発生する筋状雲、台風に伴う螺旋状の降水域、集中豪雨をもたらす線状の積乱雲列、温帯低気圧に伴うものなど、多様な降水域がある。ここでは低気圧に伴う線状降水域について調べる。

1.低気圧と降水域
  低気圧に伴う降水分布はビヤークネスとソルベルグ(Bjerknes and Solberg,1922)によって、初めてモデル化された(図1)。温暖前線の前面に広い降水域、寒冷前線に沿って巾の狭い降水域がある。当時は観測手段がなかったので、詳細な降水分布は示されていない。また当時、前線付近の降水をもたらす上昇流の成因を、力学的に説明できる理論はなかった。観測手段や理論が進歩した現代では、どのように理解されているだろうか。
  レーダーや気象衛星など観測手段の進歩で、低気圧に伴う雲や降水の分布は図1のモデルと異なり、降水域のなかに巾数kmの細長い線状降水域が存在するなど、多様な形態のあることが明らかにされた。1970年代頃からドップラーレーダや航空機の観測を用いて、低気圧に伴うメソスケールの降水域の構造と生成機構の理解が深められた。但し日本では観測手段が不十分なため、前線に伴う降水域のメソ構造の解析は進まなかった。 一方理論面では、ソーヤー・エリアッセン方程式(Sawyer(1956)、Eliassen(1962))により、変形場による水平温度傾度の強化に対応して総観規模の鉛直循環が生じ、この鉛直循環が更に温度傾度を強めるという過程を通して、前線が形成されることが説明された。 地衡風の変形場により水平温度傾度が強められると、温度風の関係を満たすように、風の鉛直シアーも増加する。水平温度傾度と風の鉛直シアーの間の相互調節は、暖気側で上昇し、寒気側で下降する鉛直循環により実現される。この非地衡風循環は、大気が常に温度風平衡にあるという仮定の下で、地衡風場(1次循環)に強制されて生じる運動と考えられ、2次循環と呼ばれる。2次循環の移流で、温度傾度が更に強められるとともに、傾圧帯の位置が上層で寒気側に、下層で暖気側に動き、傾斜した前線が形成される。図2に前線と直交する断面内のモデル的循環を示す(エリアッセン、1962(既出))



図2aではx軸方向(正の向きは紙面の裏から表に向く)の地衡風をU(破線)、y軸方向の地衡風をV(点線)とする。x軸方向には場が一様と仮定する。Uが高度と共に増大しているので、図の左側が高温、右側が低温である。Uの鉛直シアーの大きい傾斜した領域が、温度傾度の大きい所で前線帯と考えられる。前線に向かって合流し、前線に沿う方向に伸張している場なので、UとVの等値線の交点を示す黒丸の密度が大きい場所は、2次循環生成の強制が強い。図(a)の実線は2次循環の流線を示す。
実際の運動は1次循環と2次循環が重畳したもので、図2bで前線面に相対的な運動として示されている。


2.寒冷前線に伴う降水域
  この節では、寒冷前線に伴う線状降水域の観測事例をいくつか示す。次節以降では、英国や米国での解析的研究を検討し、ついでこれらの知識を用いて日本の事例の考察を行う。後に解析結果と理論を比べ、前線に伴うメソスケール降水域の形成機構を議論する。
  図3に、 2004年4月27日12時のレーダー画像を示す。南西諸島の東に北東から南西に延びる巾10km程度の細長いエコーがある(立平、2006)。3次元的なセル構造が不明瞭で、細長く延びている。ブラウニングとハロルド(Browning and Harrold(1970)は、このようなエコーを生ずる運動を線状対流(line convection)と呼んだ。
 図4は同じ時刻の気象衛星可視画像である(立平(既出))。細長いエコーに対応して、長さ1700kmにも及ぶロープ雲と呼ばれる細長い雲の帯(図中の矢印)が、紀伊半島の南から台湾の東まで延びている。ロープ雲は幅の広い雲域の前縁にある。
 図5は27日9時の地上天気図で、日本海南部に発達した低気圧がある。細長いエコーは低気圧から南西に延びる寒冷前線の進行前縁に位置している。この事例では、細長いエコーの北西250km付近に、巾の広い帯状のエコーがある。ホッブスとパーソン(Hobbs and Persson、1982)、ブラウニング(Browning、1990)は、前者を巾の狭い寒冷前線性(又はメソスケール)降水域、後者を巾の広い寒冷前線性(又はメソスケール)降水域と呼んだ。
 図6は2008年2月26日12時10分のレーダ画像、図7は12時の気象衛星可視画像、図8は同時刻の地上天気図である。
図6では幅の狭い降水域のエコーが九州西部から台湾の東までおよそ1300km延びていて、図7のロープ雲に対応している。図8は2008年2月26日9時の地上天気図で、九州付近に発生初期の低気圧がある。 図3、4、5と図6、7、8の事例を比較すると、幅広い雲域の前面にロープ雲が存在していて、それが寒冷前線の進行前縁に位置していること、ロープ雲に対応して巾の狭い降水域が存在することは似ている。しかし異なる点もある。図3では幅の狭い降水域のエコーの後面にエコーの無い領域を挟んで帯状エコーがあるが、図6では巾の狭い降水域のエコーの後面に顕著なエコーが無い。図6では巾の狭い降水域のエコーの周辺に弱いエコーが見られるが、図3では巾の狭い降水域のエコーだけである。また図3は発達した低気圧に伴っているが、図6は発生期の低気圧に伴っている。
 図9は1987年12月9日23UTCの東太平洋方面の赤外画像で、北東から南西に延びるロープ雲が見られる(シャピロとカイザー(Shapiro and Keyser,1990:)。この例でもロープ雲は地上の寒冷前線に対応している。しかしこの事例ではロープ雲の進行前面にも後面にも多くの雲域があり、雲の形態も図4、7とは異なっている。ロープ雲あるいは巾の狭い降水域のエコーに着目しても、寒冷前線に伴う降水域あるいは雲域の形態は多様である。  次節ではドップラーレーダーや航空機の観測を用いた解析で、線状対流や巾の狭い降水域の構造を調べる。その前に図1のビヤークネスとソルベルグのモデルの寒冷前線に伴う降水域の立体構造を確認しておこう(図10)。図によれば寒冷前線はカタ型で、雲域(降水域)の巾はおよそ70kmである。雲の高さは5km程度で、温暖前線と同じく乱層雲系とされている。


文献
・Bjerknes.J,and H.Solberg,1922:Life cycle of cyclone and polar front theory of atmospheric circulation.Geofys.Publ.,3,No.1,1-18.
・Browning,K.A.,1990: Organization of clouds and precipitation in extratropical cyclones: Extratropical Cyclones:The Eric Palmen Memorial Volume, C.W. Newton and E.O.Holpainen, Eds., Amer. Meteor. Soc., 129−153.
・Browning、K.A.and T.W. Harrold,1970:Air motion and precipitation growth at a cold front.Quart.JR.Met.Soc.96,369-389.
・Eliassen, A.,1962:On the vertical circulation in frontal zones. Geofys.Publ.24(4),147-160.
・Hobbs,P.V.and P.O.G.Persson,1982:The mesoscale and microscale structure and organization of clouds and precipitation in midlatitude cyclones. part V:The substructure of narrow cold-frontal rainbands. J.Atmos.Sci.,39,280-295.
・Sawyer,J.S.1956:The vertical circulation at meteorological fronts and its relation to frontogenesis. Proc.Roy.Soc. London, A234, 346-362.
・Shapiro,M.A., and D.Keyser,1990: Fronts,jet streams and the tropopause. Extratropical Cyclones:The Eric Palmen Memorial Volume,C.W.Newton and E.O.Holpainen, Eds.,Amer.Meteor.Soc.,167−191.
・立平良三、2006:気象レーダの見方。pp155。東京堂出版















2008年4月25日  山岸 米二郎




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