気象技術の教室 1  天気系の解説と事例解析


気象事例の解説

1.地形性降雨(山岳による降水の増幅)---台風の降雨

台風が日本列島を通過するとき、台風の風系が吹きつける山岳斜面でしばしば多量の降水(雨の増幅)が観測される。温帯低気圧の場合は、地形による降雨の増幅が台風の場合ほど明瞭ではない。鉛直方向に相対的に一様な風系の台風と傾圧性が強い、つまり鉛直方向に風が変化している温帯低気圧の違いだろう。
地形による降水の増幅の事例を示す。

図1−1に、関東地方と中部山岳近傍の地形を示す。(大原・鵜野,1997)
関東地方は、筑波山地を無視して大局的に見れば東西200km、南北350kmにわたる高度200m以下の平地である。

図1−2に、台風0709台風の経路を示す。
台風は9月6日21時過ぎ伊豆半島に上陸し、関東地方から
東北地方を縦断した。


図1−3は、9月6日の日積算雨量を示す。(0時〜24時,等値線は50mm毎,以下同じ)
関東平野の東部では降水量が50mm以下なのに対し、関東山地と赤石山脈の東側斜面で雨量が多く350mm以上の地点もある。 伊豆半島でも、500m以上の山地付近で600mm近い降雨である。

図1−4は、6日21時のレーダー合成画像とアメダス地点の風を示す。 (風は長矢羽根2m/s、旗矢羽根10m/s、以後同じ)
図1−1と対比すると、関東山地および赤石山脈の東側斜面に沿う高度200m〜500mの地域に、いわゆる対流性の強いエコーを含むエコー域が南北にのびている。関東地方の風向はおおむね東よりである。

6日21時の館野の状態曲線が、図1−5に示されている。
地上から300hPaまで湿潤な成層で、地上付近から断熱的に持ち上げる空気塊は、400hPa付近まで上昇可能な成層である。山地斜面での強制的な持ち上げにより、対流活動が強化された可能性が推測される。

もう一つの例を示す。
図1−6は、2008年4月8日9時の地上と500hPa天気図である。500hPaで関東地方の南にある低気圧は寒冷渦に似ているが、渦の中心付近が周辺より暖かく地上天気図でも低気圧が存在して、台風に似た構造である。
但し、地上低気圧は偏西風のトラフ移動に伴って発生し、日本の南岸を東進した。

図1−7は、4月8日の24時間積算雨量である。
台風0709号の事例に比較して雨量が少ないので、平野部と山地との雨量のコントラストは図1−3ほど顕著ではない。
しかし、この事例でも伊豆半島から東京都西部、埼玉県西部から続く関東山地南部の東側斜面で、雨量が多い。

図1−8は、2008年4月8日6時のレーダー合成画像と、アメダス風及び地上気圧12時間予想値である。
台風の事例(図1−4)に比較して、関東山地付近の風は北成分が大きく、強い降水域が関東山地の南部に見られたことに関係していると思われる。

図1−9は、2008年4月8日9時の館野の状態曲線である。
890hPa付近より上層の鉛直成層は安定で対流が発生する状態ではなく、山地で雨量が顕著でないことに影響しているかもしれない。

最後に、日本の南岸を台風が通過したときの紀伊半島の地形性降雨の事例を示す。
図1−10が、台風0813号の経路図である。
このような時は、九州の東側,四国山地の東側斜面,紀伊半島の東側、特に尾鷲で多量の雨が降ることが多い。
今回も、宮崎県の南東部で9月18日に日雨量300mm以上,四国の東側山地でも19日に100mm以上の日雨量が記録された。尾鷲では、総雨量700mm以上の大雨が降ったが、台風が九州付近にある18日から多量の降雨があるなど、他地域と異なる降り方であった。

以下に、尾鷲の大雨の経過を示す。
図1−11は、9月18日の日積算雨量を示す。 尾鷲の雨量は300mm以上で紀伊半島南部のおよそ4倍である。

図1−12は、22時の解析雨量と15時初期値のMSMによる7時間予報の風(925hPa)である。
大雨域では、おおむね東よりの風が卓越していた。なお尾鷲の22時の前1時間雨量は108.5mmであった。この時、海上に強いエコーがなく尾鷲に大雨を降らせたエコーは、海岸付近で発生している。18日に尾鷲を中心に降った降水は、台風に伴う降雨域の直接的影響とは異なっている。

図1−13に、19日の日積算雨量を示す。
18日よりも雨量極値が大きい。前日より西側まで降雨域が広がっているのは、風が強いことに影響しているのだろう。また尾鷲付近では、強い降水域が前日よりも北側に延びる傾向を示している。これは、風向の変化を反映していると思われる。雨量極大値と半島南部の降雨量との比は4程度である。

図1−14は、19日15時の解析雨量と27時間予想によるMSMの風(925hPa)である。
MSMの予想では、風の循環の中心が四国に見られるが、台風の中心は紀伊半島の南にある。
この時、海上から尾鷲付近に強い降雨域が延びていて、18日とは状況が異なっている。

《まとめ》
地形による降雨量の増幅の事例を示した。
地形強制に好都合な風系の継続時間、大気の鉛直安定度など検討すべきことが多いが、大局的な把握の参考になろう。これまでも指摘されているように尾鷲付近では狭い範囲に周辺とは際だって多い降水量を示しており,高分解能の数値シミュレーションで地形がどのように収束を強化して大雨を降らせるかを調べる興味ある事例と思われる。
2008年10月26日  山岸 米二郎


参考文献
 大原利眞・鵜野伊津志、1997:房総前線出現時の局地気流とNO2高濃度汚染の数値シミュレーション。
                                                   天気,44、855−874




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