気象技術の教室 1  天気系の解説と事例解析


気象事例の解説
出典:神戸市河川モニタカメラ 都賀川 2008/07/28
2.敦賀突風、金沢洪水、神戸鉄砲水

目次

  2−1 はじめに

  2−2 要約

  2−3 敦賀突風

  2−4 金沢洪水

  2−5 神戸鉄砲水


文中紹介の図表は、図表のリンクから閲覧ください。
2−1 はじめに
 2008年7月27日から28日にかけて北陸地方から近畿地方で突風災害や強雨による洪水、小河川の急激な増水による被害
*が発生した。この時の総観場の状況を概観する。
 強い積乱雲の発生には、下層の厚い暖湿気塊、潜在不安定成層(条件付き不安定あるいは対流不安定)、下層空気塊を持ち上げる強制力(lift)の存在が必要であるが、ここではliftの議論は行わず総観状況の解析のみ行う。また降水域が線状あるいは塊状に組織化されたり、降水域のどこで特に強い部分が発生するかは本質的に重要な問題だが、それらについても議論しない。最初に全体のまとめを述べる。


2−2 要約
(1) 敦賀突風(27日昼頃)、金沢洪水(28日早朝から朝)、神戸鉄砲水(28日午後)は,降水域と地上低気圧や対流圏上層のトラフとの関係を総観的に考察するとそれぞれ異なる位置関係にある。
(2) 三つの事例とも降水域は850hPaの相当温位が高く、ショワルターの安定指数(SSI)が小さい(SSIが3あるいは0以下)領域に発生している。
(3) 降水域は中緯度気団の気流と熱帯気団の気流が合流する境界域付近に発生したものと、熱帯気団内に発生したものに分けて考察できる。
(4) 850hPaの高相当温位域は、台湾を横断して中国大陸に移動した台風0808号と日本の南海上にある亜熱帯高気圧との間を南から移流する熱帯気団の流入により生じている。
(5) 局地的に見れば850h`Paの高相当温位域とSSIの小さい潜在不安定域は対流活動の存在により生じている可能性がある。但し大局的にみれば高相当温位空気塊の流入領域は対流圏上層のトラフや太平洋高気圧の位置関係、地上低気圧の発達等により支配されている。


* 敦賀突風: 2008年7月27日12時50分頃、福井県敦賀市で大型テントが突風で飛ばされ、一人死亡、9人重軽傷。 金沢市洪水:2008年7月28日未明から早朝にかけての激しい雨で市内の浅野川、高橋川、大野川氾濫。道路の冠水、床上、床下浸水、、土砂崩れ等。富山県内の南栃市でも28日未明から大雨。土砂崩れ。 神戸市鉄砲水:2008年7月28日14時40分頃、都賀川の急激な増水により、4人死亡。
金沢市洪水: 2008年7月28日未明から早朝にかけての激しい雨で市内の浅野川、高橋川、大野川氾濫。道路の冠水、床上、床下浸水、、土砂崩れ等。富山県内の南栃市でも28日未明から大雨。土砂崩れ。
神戸市鉄砲水: 2008年7月28日14時40分頃、都賀川の急激な増水により、4人死亡。


2−3 敦賀突風
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 図2−1は、2008年8月27日9時の対流圏下層の状況(RSM解析)と前3時間積算解析 雨量(レーアメ)を示す*
黒実線は地上等圧線(2hPa毎)、青色の矢印付き実線は850hPaの流線、赤点線は850hPaの相当温位である。
 日本の南の亜熱帯高気圧と北海道の北の高気圧に挟まれた低圧部は日本海西部にある低気圧につながっている。この低圧部の北東側には明瞭な傾圧帯があり暖(湿)気団と寒(乾)気団を境している。台湾の南西にある台風0808号の東側から相当温位340K以上の暖湿な気流が日本の南の高気圧の周辺を廻るように対馬海峡、日本海南部を通って本州中部を通り日本の南東に延びている。亜熱帯高気圧の縁辺流と俗称されるこの流れを、ここでは流れA呼ぶ。一方これとは別に中国大陸から朝鮮半島南部、日本海の低気圧の南を通って東北東に向かう流れがある。この中緯度気団の流れを、流れBと呼ぶ(図2−3も参照)。二つの流れは対馬海峡の東で合流し、日本海中部以東で分流している。
 図を見ると流れA内の降水域(タイプA降水域)と流れBと流れAの境界付近にある線状の降水域(タイプB降水域)がある、二つの流れの合流域付近の山口県から島根県沖には団塊状のタイプA降水域がある。降水域は全体として相当温位の高い領域にあるが特に日本海のタイプA降水域は850hPaの相当温位がもっとも高い(345K〜350K)領域にある。850hPaの風はタイプA降水域に対しては暖気側から寒気側に向かい、タイプB降水域には平行かもしくは寒気側から暖気側に向かっている。
 
図2−2は、27日9時のSSI(MSMモデル、850hPaと500hPaで計算。以後同じ)と前3時間積算解析雨量を示す(降水域の強度階級表示は図2−1と同じであるが、解析メッシュの差で降水分布が少し異なる)。点彩域はSSI>3の領域である。850hPaの高相当温位域に対応してSSI<0以下の強い潜在不安定域があり、主要な降水域はその中にある。
 
図2−3は、27日9時の200hPa高度(60m毎)と風(RSM解析、長矢羽根10m/s)および前3時間積算解析雨量を示す。亜熱帯高気圧の周辺の流れと亜熱帯ジェット気流軸の南の流れの合流が対馬海峡からその東で見られる(図2−1参照)。図2−1と対比すると対馬海峡から日本海南部の降水域付近では850hPaから200hPaまで風向は殆ど変化せず降水域は風向に平行して帯状にのびている。地上低気圧はトラフの前面に位置していて、日本海南部の 降水域は低気圧の暖域にあるといえる。
 
図2−4は、27日9時の団塊状の降水域を横切る鉛直断面(RSM解析)である。相当温位(青実線、5K毎)、気温(ピンク破線と実線、10℃毎)、断面に直交する風速成分(薄い実線、5m/s毎)、断面に平行な風速成分と鉛直流の合成ベクトル(矢印付き実線、大きさは挿入の説明参照)が示されている。  団塊状の降水域のところでは200hpaを越える高さまで上昇流が計算されていて、200hpa以下では周辺に比較して相当温位が非常に高く、対流活動により相当温位が高められたことを示唆している。つまり狭い帯状の暖湿気流の存在と対流性降水の存在は同時的現象の側面が強い。高相当温位域の南側と北側から低相当温位の空気が移流されるが、図を見ると北側の500hpa付近での乾燥空気の移流が大きいことが推定される。
 亜熱帯ジェット気流の強風軸は250hPa付近にあり、極大値は23m/sである。強風軸からその南の降水域付近では、風速の大きなシアーは350hPaより上のみで、そこから850hPaまで殆ど風速シアーがない。降水域は風速、風向ともシアーが小さい順圧的領域にある。
 
図2−5は、図2−2と同じ内容に850hPaの流線を重ねたもので時刻は3時間後の27日12時である。3時間前に比べSSI<0以下の潜在不安定域と強い降水域が東に移っている。日本海北部の低気圧性循環の南で、西方からの流れAと流れBが合流し、その東側で分流している。合流域の若狭湾の北西では、タイプA降水域タイプB降水域とも3時間前に比べて強度がやや強くなっている。
 団塊状のタイプA降水域に着目して11時から14時までの1時間毎のレーダー合成図を
図2−6に示す(この図の降水域はMSMの降水域およびRSMの降水域とも表示メッシュの大きさが異なる。但しその差が問題となる定量的議論はここでは行わない)。
 レーダー合成図では団塊状エコーの東側に南北にのびる強い線(帯)状エコーがあり、線状エコーは対流圏内の風向にほぼ直交する方向に延びている。エコー域は全体として東に移動した。この線状エコーは午前6時にはすでに存在していて17時には山梨県東部に達したことが確認できる。11時頃にはタイプA降水域のエコーとタイプB降水域のエコーは連続して見えるが、東に移動するにつれタイプA降水域は次第に南への移動成分が大きくなり、タイプB降水域とは明瞭に分かれた。AとBの降水域が連なって見えた11時では、線状降水域の長さはおよそ200kmであった。また9時から14時までの平均移動速度は1時間72km(毎秒20m)であった。
 敦賀の突風はこの線状エコーの通過で生じている(13時のデータ参照)。線状エコーの通過では島根県から長野県にかけていくつかのアメダス観測で強い風を観測しているが、突風が最も顕著であった敦賀のアメダスデータを表1に示す。
 敦賀の10分間内の最大瞬間風速は12時50分に10分前の5.5m/sから29.7m/sに増大し、13時20分に10m/s以下に減少した。気温は風速の急増と共に10分間で32.6℃から26.8℃へと5.8℃低下した。最大瞬間風速が10m/s以上であった時間を表1から20分とすると、距離24kmに相当する。風速の強まりと共に気圧も12時40分から10分間(12km)で1.7hPa上昇した。下層の冷気により気圧が増加しているのであろう。1.7hPaの気圧差を空気塊が横切るとすると、地表摩擦が無ければベルヌーイの定理からおよそ16m/sの風速増大となる。勿論上空の大きい西風運動量を持つ空気の下降も寄与しているだろう。風向は線状エコーの通過に伴い高圧部から吹き出すように変化している。地上の気圧、風、気温の変化はスコールライン通過の状況に類似している。

*:RSM,MSMモデルの図は、(株)アルファプラネット社APLAシステムの出力図である。レーダー合成の図は、同社のAPLAminiシステムの出力図である。


2−4 金沢洪水
         
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 図2−7は、図2−5と同じ内容で28日3時の状況である。日本海西部にあった低気圧(図2−1)はやや発達して東進し、北海道西方に達した。低気圧の循環と中国東北部のリッジの前面の流れで、日本海中部以北では北西〜西北西の流れが明瞭になり、それに伴いSSI>3の安定な領域が東に延びている。一方対馬海峡方面や西日本から関東地方には安定度の小さい西よりの流れがあり、二つの流れは日本海南部で合流している。  山陰沖から北陸地方にのびる帯状の降水域はSSIがもっとも小さい領域の北側にある。27日昼(図2−5)に若狭湾方面にあった強い降水域はこの時刻には、日本の東あるいは関東地方の南東海上に移動していて、この図の降水域は前日の図2−5で若狭湾方面にあった降水域とは全く別のものである。   この帯状降水域は1時間毎の合成レーダー画像でも東西に線状に延びていて、セルは線状エコー域の方向に移動しているようである。しかしいわゆるバックビルディング型の形成ではなく、28日0時頃に風上側から風下側でほぼ同時的に出現して次第に強さを増している。降水域は縁辺流と偏西風の流れの境界付近でタイプB降水域といえる。
 
図2−8は、図2−7の6時間後の28日9時の状況である。日本海では相対的に相当温位の低い北よりの流れが6時間前(図2−7)より明瞭になり、日本海南部で相当温位傾度が強まった。北陸地方の降水域は6時間前(図2−7)よりも南下して相当温位がもっとも高い領域にあり3時間で100mmを超える強い降水域も解析されている。  本図では降水域は850hPaの寒(乾)気移流場にあり、強雨域は進行後面にある。図は省略するがレーダ合成図ではこの傾向がより明瞭である。後記する図2−10の断面図から推定すると、降水域北側で収束が強かったと推定される。
 
図2−9は、図2−3と同じ内容で28日9時の状況である。降水域は200hPaのトラフの前面で亜熱帯ジェット気流の風速が最も強い区域(ジェットストリーク)付近にある。
 
図2−10の鉛直断面図は、図2−4と同じ内容で28日9時のものである。ジェット軸は225hPa付近にあり、ジェットストリークの存在に対応して直接循環が見られ、ジェット軸の下から下層の高相当温位域に傾斜した傾圧帯が延びていている。ジェットストリークに関連した鉛直循環が、北陸の降水域の強化に関連した可能性も考えられる。  図2−7から2−10で示した特徴から、山陰から北陸地方にのびる帯状降水域は、中緯度気団の流れと縁辺流(赤道気団)の境界域付近にあり、寒冷前線に対応する形態的といえる。

2−5 神戸鉄砲水
ページ先頭に戻る 2-4金沢洪水
 金沢付近に大雨を降らせた降水域はその後かなり急激に南下した。その時間変化をレーダー合成図で図2−11(a)(b)に示す。
図(a)、(b)はそれぞれ28日9時と12時および14時と15時のレーダー画像である。降水域の東側では南下速度が大きくかつ急激に衰弱している。山陰から若狭湾方面に延びる降水域はその南に発生して南下した降水域に比較すると南への移動が遅く、二つの降水域の生成機構が異なっている可能性がある(後記の図2−12、13参照)。
 図2−11(b)によるとほぼ南北に並ぶ兵庫県南部と瀬戸内海の三つの地点で最大風速が、三田(14時、11.9m/s、前10分間の最大瞬間風速、18.6m/s)、神戸空港(14時50分、13m/s)、関西空港(15時と15時10分、15m/s)と10m/sを越え、強い積乱雲活動域がその付近を北から南へ通過したと推定される。
 
図2−12図2−13は、それぞれ図2−1、図2−2と同じ内容で28日21時の状況を示している。北海道の西にある低気圧の後面で低相当温位の空気が流入して(図2−12)成層が安定化し、SSI>3の状態が北陸から関東地方まで及んでいる(図2−13)。このため近畿以東へ移動する降水域は急激に衰弱したものと思われる。一方朝鮮半島南部から中国地方、近畿地方には高相当温位の空気が流入してSSI<0の広い領域がある。
 
図2−14は、図2−3と同じ内容で28日21時の状況である。28日9時(図2−9)で降水域の西にあった対流圏上層のトラフは、降水域を通り過ぎる位置関係にあり、降水域の東側で寒気移流が顕著なことに対応している。  図2−12から2−14を合わせてみると、若狭湾方面から東南東に延びる降水域は低気圧後面の低相当温位の中緯度気団の流れと暖湿な縁辺流(赤道気団)の合流域(境界域)に存在してタイプB降水域といえる。一方近畿から四国の強い降水域は亜熱帯高気圧の暖湿な縁辺流の中で発生したタイプA降水域と見なせる。

2008年11月30日  山岸 米二郎




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